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世界初、小脳運動学習を定量的に評価するシステムを開発

2015.4.24

― ヒトの小脳の機能を簡単な手の動作より、短時間で数値化可能に ―

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野(神経内科)の水澤英洋特任教授(名誉教授、国立精神・神経医療研究センター病院 院長)、横田隆徳教授と石川欽也教授(現 長寿健康人生推進センター)の研究グループは、理化学研究所脳科学総合研究センターの永雄総一チームリーダーとの共同研究で、ヒトの小脳運動学習を短時間で測定し新しい指数を用いて定量評価する装置を世界で初めて開発しました。
運動学習とは、何度も繰り返し練習することによって、より良い動きを学ぶ、いわば「体で技を覚える」学習のことで、小脳が重要な役割を果たしています。この学習による習得と記憶により、ボールを打つ、自転車に乗るなどの運動を上手に行うことが可能になります。この小脳運動学習を誰にでもできる手の到達運動によるプリズム適応を用いて定量評価するシステムを確立しました。この研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム課題E生涯健康脳の一環として行われたもので、その研究成果は、国際科学雑誌Public Library of Science ONE (PLOS ONE)に、2015年3月18日午後2時(米国東部時間)にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】
記憶には、ヒトの名前や出来事の記憶など大脳が主として関わる宣言的記憶(通常に言う「記憶」に相当)と、体で覚える記憶があり、後者は運動学習とも言われ小脳が関わることで知られています。この運動学習が正確に定量的に測定できる簡便な装置が存在していませんでした。そのため、多くのヒトにおいて運動学習がどのように維持され、老化で低下するのか、あるいは小脳に障害がある患者で運動学習がどの程度障害されているのかなど、多くの点が不明でした。そこで私たちは運動学習を評価し定量化できる機器の開発に着手しました。

【研究成果の概要】
ヒトは日常生活において、繰り返し練習し技を習得することで、運動がより正確で円滑に行えるようになります。たとえば、ボールを打つ、自転車に乗るなどの運動は、初めはうまくできませんが、失敗から学んで次の運動では少し上達するという過程を何度も繰り返すことで、体が上手な運動をする方法を覚えていきます。これこそまさに「運動学習」というもので、小脳が学習し記憶することで、ヒトは円滑に体を制御し、不自由なく日常生活を送っています。私たちは、タッチパネル画面上にランダムに表示される指標を人差し指でタッチするという運動を、水平方向に視線をずらすプリズムの有り無しで繰り返し行うことで小脳運動学習を評価するシステムを開発しました(図1)。この手の到達運動によるプリズム適応を用いたシステムは、ヒトが運動を学習する過程をリアルタイムに短時間で測定でき、Adaptability index(AI)という指数を用いて運動学習機能を定量評価することを可能にしました。
今回新たに提案した運動学習機能をあらわす指数「AI」を測定することで、70歳以前の比較的若年者(図2:●)では高いレベルで運動学習機能が維持されている一方で、70歳以上の高齢者(□)では運動学習機能の低下が検出され、また個人間の差が大きくなることが分かりました(脳老化を検出)。また、病気の診断という観点からは、健常者と小脳障害をもつ患者さん(▲▽)を明瞭に識別することができました。日常診療においては軽微な小脳異常としか判断できない患者さんにおいても、AIは明確に低下を示しました。また、一見小脳障害による運動失調に見えるものの小脳には大きな異常がない患者さんでは、AIの低下は見られませんでした(小脳疾患の診断)。現在、小脳疾患の臨床的な評価尺度として世界的に使用されているScale for the assessment and rating of ataxia(SARA)や上肢機能をみる9 hole peg testよりAIは敏感に小脳障害を検出し、AIで重症度を測定することも可能となりました(小脳障害の重症度診断)。

【研究成果の意義】
これまで小脳機能は主に診察で主観的に評価されていましたが、今回の研究による客観的に短時間で定量評価する検査を用いることで、脳の老化、病気のより正確な理解、治療効果の判定など、様々な面での臨床応用が期待できます。現在我々は、脳の発達、認知症の診断、自閉症や統合失調症といった精神疾患への応用についても研究を行っております。

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東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野(神経内科) 

水澤英洋特任教授(名誉教授)、国立精神・神経医療研究センター病院 院長

【図1】 ヒトにおける小脳機能評価法               
タッチパネル画面上にランダムに出現する標的(白丸)を人差し指でタッチすることを繰り返し、視線をずらすプリズムを装着あるいは非装着時に標的とタッチ位置のずれを検出し、新しい環境へ適応しているかどうかをみています。健常者ではプリズムなし(赤○)では標的近くをタッチします。その後、プリズムを装着する(青○)とプリズムにより視線が右にずらされるためずれが大きくなりますが、試行を繰り返すことでずれは小さくなります(適応の獲得)。その後プリズムを外す(緑○)とプリズムと反対方向へのずれが生じますが(記憶の保持)、これも繰り返すことでずれが小さくなり標的をタッチできるようになります(記憶の消去)。一方で、小脳疾患患者(代表例)では、プリズムなし(赤○)でタッチがばらついています。また、プリズムを装着する(青○)ことでタッチが右にずれますが、試行を繰り返してもずれが小さくなりません (適応がみられない)。そのためプリズムを外した(緑○)直後も適応がないことから、プリズムと反対方向へのずれはみられません。
*水平方向へのずれは、標的から右へのずれの大きさをプラス表記、左へのずれをマイナス表記としています。